騎士の条件


03



「よく似合ってる‥‥」
 感嘆の溜息とともにルルーシュは言った。
 特別にあしらえた黒の騎士服。光の加減によって浮き上がる精緻な刺繍が嫌味でない程度に施されている。それを身に纏った己の騎士を目の前に、ルルーシュは笑みを振りまいていた。
「ゆっくりと回ってみてくれ」
「は、はぁ、」
「もう一度」
 くるりくるりと回らせられること合計三回。ジェレミアは思わず最後にワンと鳴きそうになった。
「着心地はどうだ? 苦しくはないか?」
「はい。大丈夫です」
「肩幅は? 動きにくいことはないか?」
 歩いてみてくれと言われて、ジェレミアはどこかぎこちなく室内を歩き出した。侍女やルルーシュの妹であるナナリーの視線を感じ、ジェレミアは居たたまれなさに俯いた。彼女達の微笑ましい言わんばかりの笑みといったら、恥ずかしいことこの上ない。
「どうだ、ジェレミア。直しは必要ないだろうか」
「はい、ルルーシュ様」
「気に入ってくれただろうか‥‥?」
 不安げな瞳に見上げられ、ジェレミアは自然と膝を折り、ルルーシュを仰ぎ見た。
「もちろんです。このような素晴らしいものを賜り、このジェレミア、光栄の極みにございます」
 手の甲に唇を押し当て、感謝と忠誠を示す。ルルーシュは満足そうに頷き、目元を和ませた。
 まだ正式には認められていない騎士とはいえ、ジェレミアの忠節ぶりは端で見ていて分かるほど。先んじて騎士服を贈るルルーシュにも、寵愛ぶりが見てとれた。
「お姉様。私、新しい騎士様と一緒にお茶がしとうございます」
 黙っていればいつまでも見つめ合っていそうな主従に、ナナリーが声をかける。はっとして振り返ったときには、室内にいたお針子や侍女達は姿を消していた。いつの間に。
「ど、どうせならテラスでお茶にしよう。いいかな、ナナリー」
「えぇ、もちろん」
 先ほどの騎士のようにぎこちなく車椅子を押し始めるルルーシュに、ナナリーはそっと小さな唇を綻ばせた。

++++

 これが第七世代ナイトメアフレーム。
「ランスロットか‥‥‥欲しいな」
 是非とも我が騎士に与えたい。そうだな、カラーリングも黒にしてしまって名前もなんだか鼻につくので変えてしまおう、それから。
「どーもどーもいらっしゃいませルルーシュ殿下ぁ!」
「‥‥‥‥邪魔するぞ、ロイド」
 先ほどの疾しい考えを表情から消し去り、ルーシュは完璧な笑みを称えて振り向いた。そこには特派の責任者であるロイドが、相変わらず腹に力の入っていなさそうな顔で立っていた。
「ようこそ特派へ〜。ゆぅ〜っくりしてってくださいね〜」
 両手を握られぶんぶんと振り回される。熱烈歓迎にルルーシュは表情を引き攣らせるが、適当にあしらい一人にさせてもらった。もちろんSPが付かず離れずの位置でルルーシュを警護している。
 ルルーシュはもう一度ランスロットに向き直り、熱い視線を送った。白を基調とした美しい機体だ。このブリタニアにおいて、最先端を行くナイトメア。
 シュナイゼルの代行として特派の視察に訪れていたルルーシュは、本来の目的を半ば忘れ、ランスロットに魅入っていた。既に頭の中では、この機体をいかにして我がものにしようかと動き始めている。
 手を伸ばし、冷たい機体に触れてみた。つるりと滑る金属の表面には、ルルーシュの顔が映し出されている。その隣に、ぬっと別の顔が割り込み、ルルーシュは悲鳴を寸でで呑み込んだ。
「気に入っていただけましたぁ?」
「あ、あぁ、もちろん、」
「だったら、よ、さ、ん! 上げてくれますよねっ、ね!」
「考えてやってもいい」
 シュナイゼル管轄下の特派だ、勝手なことをしていいわけがない。しかしルルーシュは期待させるような言い方で、ロイドを煽る。
「ほんとですかぁ!?」
「ただし条件がある」
 はしゃぐロイドに指を一本突きつけて、ルルーシュは言った。

「ランスロットを私によこせ」

 条件の提示というよりも命令に近いそれに、ロイド以下、特派の面々は凍り付いた。まあそうなるだろうなと思っていたルルーシュは平然と腕を組み、彼らの顔を見渡した。
「その様子では予算の増加は見送りとなりそうだな」
 静止していたロイドの肩がぴくりと跳ねる。
「しかし欲しいな。うん、欲しい」
 近々、己の騎士となる者が駆るナイトメアが未だ量産機というのも情けない話である。正式に召し上げたと同時に、特別な機体を贈ってやりたいという主人としての”ささやか”な願い、誰か聞き届けてはくれないだろうか。
「‥‥‥‥ボクのランスロットを、欲しいと仰る?」
 しんと静まり返った特派のラボに、ロイドの震えた声が不気味に響いた。固唾をのんで見守る特派の面々に囲まれた中で、ルルーシュは淡々と述べる。
「何もお前から奪おうとは言っていない。これからもお前が管理していいし愛でてもいい。ただ搭乗者を」
「ジェレミア卿ですか」
「‥‥‥‥知っているのなら話は早いな」
 ルルーシュはランスロットの脚部に触れ、もう一度言った。よこせ、と。
「現在の搭乗者はラウンズの一人だと記憶しているが? まあいい、引きずり下ろせ」
「ちょっとちょっと殿下! 話が早過ぎます!」
「素早い判断はよく兄上にも褒められる」
「今は褒めてません!」
 珍しく声を荒げ、ロイドが腕で大きくバツを作る。そしてルルーシュをランスロットから引き離すと、まるで頭が痛いと言うかのようにこめかみに手を当て、深い溜息をついた。その態度、いや仕草にルルーシュはむっとした。兄、シュナイゼルがルルーシュに対してしてみせる仕草そのものだ。主に騎士関係において披露してくれる。
「いいですか、ボクのランスロットは‥‥」
 それから懇々と言い聞かせられたことによると、ランスロットは搭乗者を選ぶらしい。デバイザー、適合率、ややこしいシステムを一から説明されて、ルルーシュは急速にランスロットへの興味を失っていった。


 最後までしつこく予算について食い下がってきたランスロットオタクを振り切り、ルルーシュは不機嫌も露に廊下を歩いていた。ジェレミアを連れて来なくて良かった。知ればきっと気を遣わせてしまうだろうし、がっかりもさせていただろう。
 彼は所属していた部署で、現在引き継ぎ作業に追われている。そこでは同僚達からの嫉妬と羨望を一心に受けた彼が見られるだろうと、側近のヴィレッタが言っていた。彼女も引き抜く方向だ。
 しかし、ナイトメアフレーム。欲しかった。くれと言って、はいあげますとはいかないことなど端から承知していたが、やはり欲しかった。
 ロイドほどの技術者など他にはもう‥‥。
「ルルーシュ様?」
 突然立ち止まったルルーシュに、周囲に侍るSP達が訝しむ。考え込むこと数秒、ルルーシュは進路を変えた。
「アッシュフォードに向かう。車の用意を」
 面白い技術者がいる。
 以前交わしたアッシュフォードの令嬢との他愛無い会話を思い出し、ルルーシュは期待から次第に足を速めていた。

++++

 定期招集から戻ったナイトオブセブン・枢木スザクは、いつもとは違う特派の空気に首を傾げた。何を以て違うのかと言うと、分かりやすいのがロイドである。
 ランスロットの前で、打ちひしがれていた。
「ボクのぉ、ボクのランスロットにぃ、興味無いとかぁ、訳の分からんもの作るなとかぁ‥‥」
 ロイドが変なのはいつものことだが、これは見事に打ちのめされている。他人の嫌味など右から左に受け流すことにかけては天才的なロイドが、こうも落ち込んでいるのは珍しい。
「シュナイゼル殿下にチクってやるぅ‥‥ルルーシュ殿下めぇ‥‥」
「ルルーシュ殿下!? ルルーシュ殿下がいらっしゃったのですか!?」
 もう放っておこうと踵を返したスザクは次の瞬間、猛然とロイドに詰め寄っていた。ついでに胸ぐらを掴んでぶーらぶら。当然ロイドの首が絞まる。
「ルルーシュ殿下が特派に!? ロイドさん、教えてください!」
「ぐぇっ、ちょっと、く、苦し」
 ロイドのせいでじめじめしていた特派は、その日俄に騒がしくなった。




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