「ルルーシュ、考え直せ」
「嫌です」
「ルルーシュ、いいか、お前は今道を踏み外そうとして」
「いっ、やっ、だっ!」
「ルルーシュ!!」
「嫌ったら嫌です! ええいっ、もう出てってください!!」
怒声の後に、魔女と呼ばれる皇女がぽんと部屋から追い出された。
++++
「まあ、今日も追い出されたのですね」
荒んだ心に、妹ユーフェミアの柔らかい声音は優しくしみ込む。くたびれた顔で戻ってきたコーネリアは、些か乱暴な動作で椅子に座った。庭園に臨むテラスでは、既にテーブルについていたナナリーが、困ったように笑みを浮かべていた。
「お姉様は一度こうと決めたら決して覆しませんから‥‥」
「ナナリー、それは私も分かっている」
「それに、ジェレミア卿は良い方です」
良い人間など掃いて捨てるほどいる。そんな有象無象がナナリー、お前の姉の騎士になると言うのだぞ。
コーネリアは思わず強い口調で吐き出しそうになるも、絶妙のタイミングでユーフェミアが紅茶を差し出してきた為に断念した。
うむ、今日もユフィの紅茶は美味しい。
「お姉様、何より尊重すべきはルルーシュの意志ですわ」
「ユフィ、しかしな、」
「ルルーシュはいつも己に恥じない選択をしてきましたわ。ここは姉として応援してあげるべきではないでしょうか」
ユーフェミアの言うことは分かる、まったくもって間違っていないことも。
しかし、しかしだ。
「奴では、役不足だ」
コーネリアはちらりと背後に視線を投げる。そこには己の騎士、ギルフォードが静かに控えていた。
そう、己の選択に間違いは無かった。ギルフォードを騎士にと望んだかつての自分に、コーネリアは今でもよくやったと褒めてやりたい。それほど彼は優秀で頼りになった。
対して、ジェレミア・ゴッドバルトはどうだろう。辺境伯を有する軍人一家の貴族出身。彼に付随する身分はまったく申し分無いのだが、彼自身の能力は?
「そこそこ優秀、といったところだよ。ダールトンが言うには、KMFの操縦は目を見張るものでもなく、そして統率力が並外れているわけでもない。総合するに、不適格だ」
「お姉様! ルルーシュに失礼ですわ!」
「ルルーシュ自身が一番よく理解しているさ。だからこそ解せん。なぜジェレミア卿程度の男を騎士にと望む?」
その問いかけはナナリーへと向けられた。盲目の少女は小鳥のように首を傾げ、そして考え込む。
あぁ、この妹にもいつか騎士が侍るのだろうか。そんなことを考えるコーネリアに、ナナリーは案外早く答えを出した。
「初めてお姉様に優しく接してくれた方であったから、ではないでしょうか‥‥?」
「なんだそれは。私だって優しいぞ」
ふん、と偉そうに顎を逸らすコーネリアのどこに優しさを見いだせばいいのかと、兄弟以外の人間であれば疑問に思うだろうが、彼女は妹達には優しいのである。
「いいえ。私が言いたいのは、親兄弟を除いた方の中でということなのです。なんの繋がりも無く、なんの利益にもならないのに、私達に優しくしてくれる‥‥‥とても稀なことなのです」
庶民から騎士候、そして皇妃となった母を持つ姉妹が昔置かれていた立場は、今に比べるとひどいものだった。現在ではルルーシュが確固たる地位を築き上げ、ナナリー共々身を守ってはいるが、何もできない幼少時は常に不安に晒されていたことだろう。母マリアンヌを失った直後など、なおさらに。
取り入っても利益にならない姉妹に媚びる輩などいない。それは言ってしまえば、コーネリア達に対しても同じことが言えた。自分たちに声を掛け、さも案じているという態度は、ほとんどがまやかしだったのである。
「お姉様は、私の前ではいつも笑ってましたけど、‥‥でも、一人のときはそうではなかったと思うんです。押し込めていた悲しい気持ちを、どこかで‥‥」
ナナリーはカップを置き、小さな頭を項垂れさせた。隣に座るユーフェミアがそっと肩を抱いた。
沈んだ空気にはならなかった。それはナナリーの上げた顔が、強い意志を表していたからだろう。
「騎士も持たない私が何を言うかと怒られるかもしれません。けれど、言わせていただきたいのです」
「‥‥‥構わぬ。申してみよ」
ナナリーは一度、スカートの裾をぎゅっと掴み、そして見えぬ眼をコーネリアへと真っすぐ向けた。
「私は、思うのです。騎士たる条件とは何か。それは、二人を結ぶ絆ではないでしょうか。力や才能など、それを前にすればほんの些細なことに過ぎません」
「‥‥‥ほう。能力や才能を、ただのおまけと称するか」
ブリタニアの魔女と恐れられる姉との問答に、ナナリーは一瞬怯む。けれどすぐに唇を引き結び、しっかりと頷いてみせた。
「この先、どれほど素晴らしいと賞賛される方が現れようとも、お姉様はジェレミア卿以外を選ぶとは私には考えられません。無理を通せば、それはお姉様とジェレミア卿との絆を断ち切ることになります」
儚気なナナリーの常には無い強い口調に、ユーフェミアはしきりに瞬きを繰り返していた。
似ている。ルルーシュとナナリーは、たしかにあの閃光のマリアンヌを母に持つ姉妹だった。分かりきったことを、だが新鮮な驚きで以て受け止め、コーネリアは凛と構えるナナリーを眩し気に見つめた。
直後、コーネリアは高らかに笑った。その珍しい光景に妹二人と、背後に控える彼女の騎士までもが目を剥いた。
「‥‥あの、おかしかったでしょうか?」
「いいや、面白い。そうか、絆か‥‥‥」
ギルフォードと私は、どうなのだろう。彼を騎士としたのは、ずば抜けて優秀だったから。その能力と才覚に惚れ込んだから。彼が捧げてくれる忠誠心にももちろん心惹かれたが、ナナリーの言う絆とはまた違う気がした。
「コーネリアお姉様?」
ひとしきり笑った後に、コーネリアは立ち上がった。そして足取り軽く、扉へと歩いていく。
「ついてこい、ギルフォード」
「っは! ‥‥あの、どちらに?」
「ルルーシュのところだ」
部屋を追い出されてからまだ半時も経っていない。その早すぎるとんぼ帰りに、ユーフェミアがぽんと手を打ち、嬉し気な声を上げた。
「それでは騎士のこと、お許しになられるのですね!」
ナナリーの言葉に胸打たれたのだ。コーネリア以外の誰もがそう思った。
が。
「何を言う。私の心は変わらんぞ。ジェレミア卿などもってのほかだ」
「お、お姉様‥‥?」
「ナナリー。お前の言う絆とやらが確かなものなら、私が何を言おうとルルーシュは折れぬだろうさ。だからこれから、それを試しに行く」
そんなのありですか、な顔をして見上げてくるユーフェミアに、コーネリアは許せと心の中で言う。
心配なのだ。ルルーシュもまたコーネリアの大事な妹。下手をすれば弱点となりそうな男を騎士にしようという妹に、姉として反対するのは当然のことと言えよう。
「大事だからこそ、行く手を阻むのだ。ナナリー、意地悪な姉だと、私のことを嫌ってくれるな」
しばしば男らしいと表現されるコーネリアの表情に、見えてはいなくともナナリーは何かを感じたらしい。小さな唇に、そっと笑みを敷いた。
「分かっております。ナナリーも、ルルーシュお姉様も」
でもお手柔らかに。
最後に付け足された言葉に、コーネリアはにやりと笑った。