片恋同盟




 話があると言われて寄り道したのは、賭けチェスの帰りだった。
「で、話って?」
 公園の入り口近くにサイドカーを止めると、ルルーシュとリヴァルの二人はブランコの上に腰を落ち着けてた。彼は中々口を開こうとしなかったので、ルルーシュは暇つぶしにブランコを漕ぎ始めることにした。
 久し振りに乗るブランコは気持ち良かった。風が頬を撫で髪を乱れさせる。もっと高い位置を目指そうとルルーシュは膝に力を入れた。
「パンツ見えてる」
「‥‥‥‥む、いかんな」
 なのでやめた。仕方なく座った状態で漕ぐことにした。
「なんか意外。ルルーシュでもブランコで遊ぶんだ」
「そんなにおかしいか?」
「うん。イメージとしては、公園にすら近づかないって感じ」
「そのイメージとやらを改めるんだな」
 ルルーシュだってブランコで遊ぶしジャングルジムにも上る。ただ彼女の場合、運動音痴な為に常に誰かが落ちてくるであろうルルーシュを受けとめる体勢で傍にいてくれた。今思い出すと多少腹が立ってくる。
 ひとしきりブランコを漕いだルルーシュは足をつけ、リヴァルの話を聞くことにした。日がそろそろ沈もうという時刻。門限は無いが、暗くなっていいことはない。既に公園にあった子供達の姿はどこにも見当たらず、少々でかめの子供二人がブランコにいるだけだった。
「‥‥‥あのさあ、ルルーシュ」
「告白なら受け付けないぞ」
「バカ、違う。俺はお前のパンツ見たって興奮しねえよ」
「ミレイ会長だったら?」
「激しく興奮する!!」
 叫ばなくても。小さな子供がいなくて本当によかった。
「それで?」
「俺は会長が好きだ」
「で?」
「‥‥‥‥いや、その何を今さらと言わんばかりの嘲った顔やめてくんない? あと鼻で笑うなよ」
 こつん、と拳で肩を殴られる。だって本当に今さらだった。
 アッシュフォードにおいて、リヴァルがミレイを好きだと知っている生徒がいないとは思えない。それほどまでに彼のアプローチはあからさまであったし、また実際に好きだと言葉にして彼はミレイに想いを告白しているのだ。
 それなのにミレイときたら。
「『うん、私も好きよ。ありがと』だもんなぁ‥‥‥。これって猫が好きとかピンクの下着が好きとかそういうレベルだよなぁ‥‥」
「今日の私の下着をさらっと言うんじゃない」
 今度はルルーシュが拳を作ってリヴァルの肩を殴った。ごつんっ、と結構痛そうな音がした。
 リヴァルは普段以上に情けなさを前面に押し出した顔で落ち込んでいた。夕焼けに照らされる公園、キィキィと物悲しい音を立てるブランコ、それに乗るリヴァル。まさに哀れな男の一丁上がり、である。
「どうしたらいいのかねえ‥‥どうしたら俺の本気、会長に伝わると思う? ルルーシュって会長と付き合い長いんだろ? あの人の攻略方法とか知ってない?」
 たしかに付き合いは長いが、会長をオトす方法‥‥‥‥ダメだ、分からん。
「モノで釣ったらどうだ。貴金属とか」
「お前、全然考えてないだろ」
 恨みの籠った視線が向けられる。このままでは賭けチェスに誘ってもらえなくなりそうだと思ったルルーシュは、腕を組み考え込むように視線を上向けた。とりあえずポーズは整った。
「‥‥‥‥そうだな。あの人は家族を大事にする人だ。まずお祖父様には頭が上がらない」
「身内から攻めていけって?」
「気に入られて損は無い、むしろ利益ばかりだ。貴族と言ってもアッシュフォードの場合、そう付き合いにうるさくはないようだしな」
「爵位とか持ってなくても全然オッケー?」
「全然オッケーだ。全然の使い方間違ってるぞ」
 リヴァルの表情に心無しか生気が戻る。彼は貴族の出自ではない。それを気にしていたことをルルーシュは知っていた。
「で、肝心の会長だよ。あの人さ、男に興味あんのかなぁ?」
 少しだけ元気になった彼は、ブランコを漕ぎ始める。ルルーシュもつられて、同じように地面を蹴った。
「シャーリーとかニーナとかその他可愛い女の子ばっかに構ってんじゃん」
「私が入ってないぞ」
「もしかしてそっち系? あぁああ〜俺の会長がぁ〜」
「私が入ってないぞ!」
 聞いちゃいない。リヴァルはブランコの上で激しく身悶えていた。
 放っておいて帰ろうか。しかしサイドカーを運転できる彼無しではルルーシュは歩いて一時間のアッシュフォーには戻れない。そんな体力あっても面倒くさいから絶対に御免だった。
「年頃の女の子だろ? 彼氏欲しいとか思わないのかな? なあルルーシュはどう思う? な〜、な〜って〜」
「うるさい。私を無視しやがって」
 立ち上がったルルーシュはパンツも気にせず大きくブランコを漕いだ。風になびいたスカートがふわりと捲れる。惜しげも無く晒される太腿と淡いピンクの下着を前に、しかしリヴァルは少しも心を動かされた様子は無い。
「少しは隠せって。見せるんならスザクに見せてやれよ」
「女に対して免疫無さそうだからな。お前と違って狼狽えるだろうよ」
 しかしさすがに下品だったか。ルルーシュはスカートを押さえ、トンと地面に降り立った。そのとき大きくふらついたのはご愛嬌だ。
「ところでスザクとはどうなんだよ」
「どう、とは?」
「キスとかした?」
 ルルーシュは間抜けな顔をした。何だそれはと聞き返すと、驚いたのはリヴァルだった。
「え、なに、お前らまだ付き合ってないの!?」
「なんで私がスザクと付き合わなくちゃならないんだ」
 スザクは友人だ。至極まともな答えを返すと、リヴァルは目を丸く見開き停止した。
 キィ、と振り子のようにブランコが揺れること十往復。彼はようやく動きだし、のろのろと頭を抱えた。
「ち、ちなみにこれからそうなるって予定は?」
「ない」
「‥‥‥‥スザク、気の毒」
 リヴァルにだけは言われたくはないだろう台詞は、ルルーシュには聞こえなかった。
「じゃあ本当なんだ、あの噂‥‥」
「噂?」
 ブランコに腰掛けるリヴァルの前に立ち、ルルーシュは首を傾げた。

「執事とできてるって、本当?」

 瞬間、ルルーシュはリヴァルの首を絞めていた。非力な彼女のまさかの行動に、リヴァルはアヒルのような悲鳴を上げた。
「っき、ききっ、貴様ぁっ、今っ、なんて言ったっ、私とジェレミアがなんだって!?」
 ルルーシュの顔は真っ赤に染まっていた。夕焼けのせいとは言い訳できない。なぜなら夕日はとっくにビルの向こうへと沈んでしまっているのだから。
「‥‥っちょ、るるっ、おちつけ、おちつけってぇえええええ」
「ジェレミアとはまだ何も無い!!」
「‥‥‥‥‥まだ?」
「ルルーシュ・ランペルージが命じる! 今のは忘れろ!!」
 それからぎゅうぎゅうと絞め上げるも、体力の無いルルーシュは三十秒で諦めた。二人してぜーぜーと息を整えながら、あまりのくだらなさにやがては笑みがこぼれ出す。
「‥‥っは、ははっ、なんだよ俺達、二人揃って片思い?」
「そのようだ。‥‥‥言うなよ?」
 不安げにリヴァルを伺えば、彼は当然と言わんばかりに頷いた。他人のことなどそう簡単には信用しないルルーシュは、その顔を見て、あぁもう大丈夫だと不思議と安心してしまった。
「でもそっかー、ルルーシュ、ああいうのが好きなんだ。もしかして年上がタイプ?」
「そういうわけじゃない。‥‥‥ただ、その、‥‥‥彼がいいんだ」
「あ、俺もそう! ミレイ会長がいいの! 頑張れよ、ルルーシュ」
「‥‥‥うん。リヴァル、お前も頑張れ」
「うん!」
 二人同時にがしっと手を握り合う。その日、二人の友情はさらに深まった。




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