花咲ける騎士道




 これはナナリーの、あっちはユフィの、そしてこれは母上の。
「僕の分はないのですか?」
「今作ってる」
 ルルーシュの手元には製作途中の花冠があった。ジノはもう待ちきれなくて、ルルーシュの周りを子犬のようにぐるぐると駆け回っては急かす。
「まだですか、まだできませんか」
「まだだ。座って待っていろ」
 今の季節、アリエス宮の庭園では色とりどりの花が咲き誇っている。大部分を自然に任せた庭園は、名も知らない花々がのびのびと育っており、その中心でルルーシュ達は寛いでいた。
「ルルーシュ殿下、ここはみ出てます」
「‥‥‥いいんだ。ジノは女の子じゃないから」
 男の子はちょっと大雑把なくらいがちょうどいいんだ。
 そう嘯くルルーシュは、今は出来映えよりも完成に重きを置いているようだった。ところどころ花がはみ出たり折れ曲がったり、丸くどころか四角になって。
 でもルルーシュ殿下が僕の為に手ずから花冠を作ってくれている。
 それだけでもうジノは胸がいっぱいで頬が熱くなって、なんだかとっても叫び出したくなるほど嬉しかった。
「あぁー! 待ち遠しいなぁー!」
「ジノ、うるさい」
「屋敷に帰ったら、今日のことを日記に残します!」
「日記をつけているのか?」
「はい。‥‥あぁっ、駄目ですよっ、いくらルルーシュ様のお願いでも見せてあげませんからねっ、恥ずかしい!」
「誰も見たいなどとは一言も言っていないのだが‥‥」
 呆れた視線もなんのその、ジノはしばらく庭園を駆け回ってはルルーシュの手元を覗き込み騒がしくした。
 やがて走り疲れたジノは眠ってしまった。その間、夢を見た。
 日傘を差したルルーシュと自分。アリエス宮の庭を、二人並んで歩いていた。二人とも、年の頃は十代の半ばを過ぎる年頃だろうか、ジノは成長した自分を見てとても満足した。けっこう格好良いじゃないか、僕。
 そしてルルーシュ。ほんのちょっと唇を緩めただけの表情が、奇跡のように美しかった。
 白いレースの手袋をはめたルルーシュの手が、ジノの腕に絡まっていた。ゆっくりと歩く二人はまるで恋人同士。何事かを囁き合い、くすくすと笑う。そして顔を寄せた二人の唇がーーー。

「ジノ、完成したぞ」

 はっと目を覚ましたジノの目の前に、怪訝な表情のルルーシュがいた。その顔は幼い。
「な、なんで起こすんですかぁ‥‥っ」
「早くと言ったのはお前だろう。ほら」
 ぺしっ、と頭の上に置かれたそれを、ジノは恐る恐る手に取ってみる。ふわりと香る、花の匂い。
 ルルーシュ殿下の匂いだ。

 あぁ、この日のことを、日記に書かずとも自分は決して忘れはしないだろう。

++++

 ブリタニア宮殿の一角に、ラウンズの砦となる一室がある。
 アーニャは人もまばらな広い一室で、一心に携帯を弄っていた。日課というよりも癖に近い日記をつけていると周囲のことなどまったく気にならない彼女が、その日に限ってふと視線を上げた。その正面で、何やら熱心に書き物をしているジノが視界に映る。
 普段は他人の行動に興味を示さない彼女だったが、何に触発されたのか、足音を消して正面に座るジノの手元を覗き込んだ。
「‥‥‥今日、スザクに後ろから抱きついたら肘鉄された。抉るような内角攻め‥‥‥‥何これ」
「うっわぁああアーニャ!?」
「‥‥‥日記?」
「そうだけど何だよっ、見るなよもう!」
「アナログ‥‥」
 手元の携帯と、ジノの日記を見比べる。科学が発達した時代、紙に記録を残している人間がいたことにアーニャは静かな驚きを感じていた。
「あ、馬鹿にしてるだろ。いいかアーニャ、日記とは手書きで記し、形を残すもんなんだ。携帯なんて邪道だ、私は認めん」
「楽だもの」
「そこ! 分かってないなあ。字にはそのときの感情が乗り移るんだ。後で読み返してみると結構面白いぞ」
 得意げに話すジノの腕には、分厚い日記が大事そうに抱えられていた。そのとき、日記に挟まれていた栞がアーニャの足下にひらりと落ちた。何気なく拾い上げ、しげしげと見入る。
 古い栞。青い花びらを持つ小さな押し花が素朴だった。
「やらんぞ」
 すぐに奪い返し、ジノは丁寧な手つきで日記の間に挟み込む。
「大事なの? それ」
 ジノは答えなかった。けれどアーニャには分かってしまった。
 だからもう何も聞かず、アーニャは元いたソファに座り直す。そして携帯を操作し、ジノへと向けた。
「記録」
 画面には、幸せを滲ませた男の顔が映っていた。



 ルルーシュ殿下、日本に行くことになりました。
 貴方がいる、日本です。今はイレブンと呼ばれています。
 ゼロというテロリストが再び現れたのです。日本は今、さぞかし騒がしいことでしょう。
 ルルーシュ殿下のことだから、うるさいとお怒りになられているでしょうね。私もよく貴方に叱りつけられました。アリエス宮で過ごした日々が、まるで昨日のことのように思い出せます。
「‥‥‥‥む、いかんな。またルルーシュ殿下への手紙になってしまった」
 けれど書き直すことはせず、ジノは続きを綴った。結局は恋文のような日記が出来上がってしまった。
 読み返してみると面白いどころか恥ずかしい。ルルーシュへの愛が溢れている。ときどき自分は一生結婚できないんじゃないかと思うことがあるが、不安にはならなかった。四男だし。
 徐に、ジノは栞を手に取った。ルルーシュが作ってくれた花冠の一部。
 いつまでも綺麗に保ちたくて、特別な薬品に浸してケースに入れておいたのに、ある日ふとしたことで壊してしまった。そのときは珍しく大泣きして、両親を困らせたことを思い出す。ルルーシュが日本で死んだと聞いた直後だったから、なおさらに悲しかった。
 その頃は日記も書いておらず、また気まぐれに書いていたとしても字はひどく乱雑で、まるで敵意の塊だった。軍人を目指し、士官学校に入った頃など、目も当てられないほどにひねた文章を書いていたものである。
「ルルーシュ殿下‥‥」
 彼の人が自分に残してくれたものが、栞一枚とは切ないことだ。けれど大事なよすが。ジノは薄い栞に額を当て、徐々に頭を垂れていった。
「‥‥‥今、お傍に参ります」
 叶うのならば、貴方の騎士になりたかった。




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