あなた




 よく喋る男だ。それが第一印象。
「ルルーシュ殿下に指名されるなんて光栄です!」
 ついでに声が大きい。眉を寄せると、ジノはにぱっと笑った。そこは笑うところじゃない。
「手の空いていたラウンズが、貴公であっただけのことだ」
「運命! ってやつですね」
「違う」
 ばっさり切り捨て、ルルーシュは踵を鳴らして廊下を歩く。司令室から格納庫までは、あともう少し。それまでこの男の会話に付き合わねばならないとは多少うんざりする。
 皇帝から借り受けたナイトオブラウンズが一人、ジノ・ヴァインベルグとはこれまでに数度面識があった。貴族の嫡男らしい傲慢さが、どこか許される男。
「ルルーシュ殿下のナイトメア、‥‥‥ガウェイン、でしたよね?」
「そうだが。それが何か?」
「複座式、ですよね」
「貴公は何が言いたい」
 歩調は緩めなかった。斜め後ろを歩くジノを振り向きたくなかった。淡々と会話を交わし、格納庫を目指す。あと一時間もしないうちに戦いの火蓋が切って落とされる。程よい緊張感を保ちたいというのに、皇帝の騎士がそうさせてはくれない。
「ジノ、ですよ。殿下」
 視界が翳る。高い背を折り曲げ、後ろから覗き込むようにしてジノが顔を寄せてきた。思わず仰け反り、壁に縋った。
「ジノとお呼びください」
「‥‥‥‥遠慮しておく。ヴァインベルグ卿」
「固いなあ」
 ガウェインの話ではなかったのか。聞かれたところで答えたくもなかったが、要領を得ない会話をされても苛立ちが募るだけだ。相手は皇族に対して礼を尽くしているように見えて、実際は無礼だ。先ほどは確かにルルーシュの内面を覗こうとした。それは決して許されない。
 この男を紹介されたとき断るべきだった。ラウンズ抜きの戦略を考え直し、今日の戦場に臨むべきだったのだ。後悔しても遅い。再び歩き出そうとしたルルーシュは、直後に体を強張らせた。
「ルルーシュ殿下は、もう騎士をお望みにはならないのですか?」
 言葉が、ルルーシュの体を絡めとって動けなくした。同時に声を失わせる。体が熱を失っていくような感覚を覚え、ルルーシュは知らず震えていた。男は覆い被さるように、壁と自分の体の間にルルーシュを閉じ込める。
「シュナイゼル殿下の右腕である貴方が、特定の騎士を、ましてや護衛も付けずに戦場を飛び回る。複座式のナイトメアに一人で乗って、前線に身を投じる貴方のお気持ちが私には理解できません」
 頬にかかった黒髪をそっとはらわれ、吐息がかかる。彼と向かい合って反論する勇気がルルーシュにはなかった。ただ、恐ろしいと。
「震えていらっしゃる‥‥」
 男の大きな手がルルーシュの薄い肩に触れた。いっそう身を強張らせ、ルルーシュは浅い呼吸を繰り返す。今まで誰も触れてこなかったルルーシュの大事な部分を、この男は抉りだそうとしている。
「‥‥‥‥よせ、触るな、」
「見ていて痛々しいのです。私に手伝えることはありませんか?」
 穏やかな物言いの中に、有無を言わせぬ威圧感を感じる。兄、シュナイゼルと似ている。美しい面差しの向こうに修羅を飼っている男だ。
 抵抗どころか動くこともできないルルーシュを背後から抱きしめ、ジノはさらに言い募った。
「もう一人で戦わなくていいのです。私が、貴方をお守りします」
「貴公は、陛下の」
「許しは既に得ているのです。貴方が望むのなら、と」
 父上!
 舌打ちを呑み込み、ルルーシュはここで初めて抵抗らしい抵抗を見せた。頭を振り、きつく回った腕に爪を立てる。しかし体格差がルルーシュの抵抗を嘲笑っていた。
「離せ、ヴァインベルグ卿! 開戦の時間が迫っているっ、それでも貴公は軍人か!?」
「お許しくださるのなら離しましょう」
「何を許すというのだ!」
 不意に圧迫された体が解放された。しかし腕を取られ、柔らかい感触が手の甲に落ちる。ぞっとした。そこに口付けていいのは一人だけだというのに。
「無礼な!」
 不快感も露に振り払い、頬を打ち据えた。甘んじて受けた男に嫌悪感が一層募る。今にしてみればすべて仕組まれていたとしか思えない。
「騎士にしろと言うのか!? 貴様を!? ‥‥‥思い上がるなっ、私の騎士はただ一人だけだっ、‥‥‥今までも、これからも!!」
「彼はもう」
「言うな! ‥‥‥‥‥‥‥‥言うなっ、」
 気付けば視界がぼやけていた。泣いているというのか、この私が。これからナイトメアに乗って戦場に駆って出なければならないというのに、なんという有様か。
 乱暴に袖で目元を拭い、ルルーシュは踵を返した。時間が迫っている。与えられた仕事をこなさなければ。ブリタニアの皇女という単なる記号になってしまえば、何事にも揺らがない自信があった。
 次第に整い出す心音と呼吸。ついさっきまで激昂していたとは思えないほど、ルルーシュは冷静になっていた。
「ジェレミア卿が忘れられませんか? 彼を、愛していた?」
 本当に、無礼な男だ。
 彼を同じ戦場に連れていくことはこの先二度と無いだろう。二度とだ。二度目があれば、殺してやる。
「彼に代わろうなどとは思っていません。ただ、ジノ・ヴァインベルグという男を、貴方の胸に刻み付けていただきたいだけなのです」
「だったら、やり方を間違ったな」
「いいえ」
 生意気な台詞はすべて聞き流し、早足で歩いていたルルーシュの視線の先にようやく格納庫の入り口が見えてきた。
 ガウェイン。ようやく。
 足下に立ち、黒い機体を眩し気に見上げた。綺麗に磨き上げられている。この美しいガウェインが、これから数多の人間を殺し、土地を踏み荒らすのだ。
「お守りします、ルルーシュ殿下。私が貴方をお守りします、だから」
 まだいたのか。
 隣に並び立つトリスタンを眇め見て、また視線をガウェインに戻す。かつては己の騎士と二人で操り戦場を駆けた漆黒の機体。今はもうルルーシュ一人の機体となってしまったナイトメア。
「だから、殿下」
 忘れないと誓った。お前だけだという証。空座を見つめて発進するときの虚しさは、いつまで経っても慣れないけれど。
「どうか私を見てください。盾となり、剣となり、貴方を守る男のことを」
 行こう、ジェレミア。私の騎士。




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